東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)8号 判決 1984年9月26日
原告
ヘキスト・アクチエンゲゼルシャフト
右訴訟代理人弁理士
江崎光好
同
江崎光史
右訴訟復代理人弁護士
八掛俊彦
右訴訟復代理人弁理士
戸村玄紀
同
松井光夫
被告
特許庁長官
志賀学
右指定代理人
萩原益雄
外一名
主文
特許庁が昭和五五年八月二九日に同庁昭和五二年審判第二二二〇号事件についてした審決を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告は、主文の同旨の判決を求めた。
二 被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二 原告主張の請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四九年一月一八日、特許庁に対し、一九七三年(昭和四八年)一月一九日ドイツ連邦共和国にした特許出願に基づく優先権を主張して、名称を「アゾ顔料の後処理法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和四九年特許願第七九五七号)をしたが、昭和五一年一二月八日拒絶査定を受けたので、昭和五二年三月二日、特許庁に対し、審判の請求をしたところ、特許庁は、これを同庁同年審判第二二二〇号事件として審理した上、昭和五五年八月二九日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年九月一〇日原告に送達された。
二 本願発明の要旨
カップリングによつて生じる次式の粗顔料を乾燥した又は湿つた状態で水と全く混和できないか又は制限的にしか混和できない溶剤中で一〇〇〜一五〇℃の温度に加熱し、そしてこの顔料を常法で単離することを特徴とする次式
なるアゾ顔料の後処理法
三 審決の理由の要点
本願発明の要旨は前記記載のとおりのものと認める。
そこで、いずれも本願発明の優先権主張日前国内において頒布された特公昭三八―一六〇四八号公報(以下「引用例一」という。)、特公昭四三―四一〇七号公報(以下「引用例二」という。)及び特公昭四六―三五六三九号公報(以下「引用例三」という。)にそれぞれ記載された事実と本願発明とを対比検討すると、本願発明の被処理物質である粗染料は、引用例一の例中に明示され、また、引用例一に後処理剤として記載のキノリンは水に微溶であるので本願発明の水と全く混和できないか又は制限的にしか混和できない溶剤として本願発明の明細書に例示されている溶剤の中にはないが、前記の水に制限的にしか混和できない溶剤に該当するので、本願発明において後処理剤としてキノリンを使用する場合には、引用例一に記載された発明と同一であると認定できる。
また、本願発明の後処理剤として例示のクロルベンゼン、ニトロベンゼンでアゾ染料を後処理することは引用例二及び引用例三に記載され、さらに、後処理剤として安息香酸アルキルエステルでアゾ染料を後処理することは引用例二にそれぞれ記載され、特に引用例一に、ピリジンとキノリンが同様に使用できる旨記載されており、ピリジンは水と混和性であり、キノリンは水と制限的にしか混和しない物質であるので、本願発明の後処理剤としての例示のクロルベンゼン、ニトロベンゼン又は安息香酸アルキルエステルをキノリンの代りに適用することは当業者なら容易になしうる事項であると認める。
そして、粗染料を後処理剤で処理することは、本願発明においても各引用例においても顔料特性を向上させるという同一目的でなされるものであることから、本願発明は、引用例一、引用例二及び引用例三に記載された事実から当業者が容易に発明をなしうるものであり、特許法二九条二項の規定により、特許を受けることができないものである。
四 審決を取消すべき事由
審決は、後記のとおり、本願発明の各引用例からの推考容易性についての判断を誤り、また、仮に審決が本願発明と引用例一記載の発明とを同一とみて本願発明を拒絶すべきものとしているのであれば、その手続は特許法一五九条二項、五〇条の規定に違反しているものであり、さらに、仮に右が手続違反とならないとしても、本願発明は引用例一記載のものとはその目的と効果を異にし同一発明とはいえないから、審決には、いずれにしても、結論に影響を及ぼすべき違法があるといわなければならない。
1 推考容易性の判断について
審決は、本願発明が引用例一、引用例二及び引用例三に記載された事実から当業者により容易に発明されえたとしているが、これは、次の理由で誤りである。
(一) 引用例一に関して
本願発明は、その明細書に記載されているとおり(甲第二号証五頁七ないし九行参照)、隠蔽力(なお、明細書には「被覆力」という用語が用いられているが、原告としては、「隠蔽力」と「被覆力」とを同一の意味に用いている。以下統一して「隠蔽力」という。)の増強を目的としている。しかし、引用例一における後処理は、たしかに、その後処理における被処理物質が本願発明と同一顔料化合物ではあるが、その目的と効果は本願発明におけるそれとは全く異なり、隠蔽力の増強ではなくて、着色力の向上にある。
なお、各引用例における「上がけ」という技術用語の意味は、「問題とする顔料を含む塗膜の上に他の塗料を重ねて塗ること」であるが、引用例一に記載されているのは「耐上掛け性」であり、引用例二に記載されているのは「上がけ堅牢度」であつて、共に右の意味の「上がけ」のことを述べているのではなく、上がけされたときの堅牢度について述べているものであるから、各引用例における右「上がけ」に関する記載が被覆力の向上を示唆しているとすることは誤りである。
一般に、顔料の技術分野においては、ある顔料の隠蔽力の向上と着色力の向上とは、それぞれ、相反する原理に基づいているものであつて、この両者を同時に満足させることは不可能であるから、この両性質は、その顔料の使用目的との関連において、全く別異のものとして考えられているのである。
このように、本願発明と引用例一とではその目的が顕著に異なるにもかかわらず、審決は「本願発明においても、引用例においても、顔料特性を向上させるという同一目的でなされるものである」としている。しかし、これは本願発明の目的と効果と引用例一のそれとを「顔料特性」という一般概念で括つてしまおうという無謀な議論であり、両者の本質的な相違を無視し、誤つているものといわざるをえない。
(二) 引用例二及び引用例三に関して
審決は、「本願発明の後処理剤として例示のクロルベンゼン、ニトロベンゼンでアゾ染料を後処理することは引用例二及び引用例三に記載され、さらに、後処理剤として安息香酸アルキルエステルでアゾ染料を後処理することは引用例二に記載され、特に引用例一に、ピリジンとキノリンが同様に使用できる旨記載されており、ピリジンは水と混和性であり、キノリンは水と制限的にしか混和しない物質であるので、右例示の物質をキノリンの代わりに引用例一に適用することは当業者なら容易になしうる事項である」としている。
しかし、たとえ引用例二及び引用例三の後処理剤に右例示の物質が含まれていたとしても、引用例二及び引用例三においては本願発明に係る特定構造のアゾ顔料についてなんら言及されておらず、また、引用例二及び引用例三の後処理作用は着色力の向上をもたらすものであるから、これらの物質は着色力の向上という目的のために用いられており、これと相反する別個の効果である隠蔽力の向上のために用いられることは全く考えられていなかつた。したがつて、右例示の物質を本願発明の顔料化合物の後処理剤として用いることは当業者といえども容易に想到しうるところではない。
(三) 以上のとおり、本願発明は引用例一、引用例二及び引用例三とはその目的と効果を全く異にしているから、これらの引用例に記載された事実から当業者が容易に発明をなしうるものとはいうことができない。したがつて、本願発明は特許法二九条二項に該当しない。
2 特許法一五九条二項、五〇条違反について
仮に、審決が、「本願発明において後処理剤としてキノリンを使用する場合には、引用例一に記載された発明であると認定できる」としたことにより、特許法二九条一項三号を根拠として本願発明が拒絶されるべきものであると判断しているとすれば、後記のとおり、その認定は誤りであり、また、その手続は、特許法一五九条二項、五〇条に違反している。
(一) 本願発明と引用例一記載の発明とは、被処理物質が同一である場合を含むものであるが、双方の明細書に記載された内容から分かるように、本願発明は隠蔽力の向上を目的とするのに対し、引用例一は着色力の向上を目的としている。
審決で問題にしているキノリンは引用例一に例示されているものであつて、着色力を目的とした後処理剤の一種として使用されている。しかし、キノリンは隠蔽力の向上を目的とした後処理剤としてはもともとその能力がなく、不適なのである。
したがつて、本願発明の後処理剤として使用しえないキノリンは、本来、本願発明の対象とすべき後処理剤から除外されるべきであつたのだが、本願発明の特許請求の範囲では、後処理剤が総括的に「水と全く混和できないか又は制限的にしか混和できない溶剤」と記載されていたために、キノリンが形式的には右概念中に含まれてしまつている。
原告としては、本願発明において後処理剤として用いられる「水と全く混和できないか又は制限的にしか混和できない溶剤」として、本来、四〜八個のC―原子を有する比較的高級なアルコール(例えばイソブタノール)、クロルベンゾール及びその他のハロゲン化芳香族化合物(例えばO―ジクロルベンゾール)、ニトロ化芳香族化合物(例えばニトロベンゾール)、芳香族エーテル(例えばアニソールもしくはフエネトール)又は芳香族酸のエステル(例えば安息香酸―メチルエステルもしくは―エチルエステル)等を意図していたのである(甲第二号証四頁七ないし一七行参照)。したがつて、特許請求の範囲の記載においても、キノリンやその他の、顕著な隠蔽力をもたらさない後処理剤を除外したものにすべきであつたことを原告は認める。
(二) ところで、前記のように、仮に審決が「キノリンを後処理剤として用いるとき、本願発明と引用例一とは同一であるから、本願発明は特許法二九条一項三号に該当する」旨を拒絶の理由としたものとすれば、その拒絶理由は、審決により初めて明らかにされたものである。審決前には、被告は、原告に対し、本願発明につき、「引用例の発明から容易に類推しうるものであるから、特許法二九条二項によつて特許を受けられない」旨を指摘したにとどまり、特許法二九条一項三号に該当する旨を指摘したことは、ただの一度もない。
もし、被告が原告に対する拒絶理由として、本願発明が右各条項に該当することを審決前に指摘していたとすれば、原告は、躊躇なく本願発明の特許請求の範囲を減縮し、少なくともキノリンは本願発明の意図する後処理剤から除外されるべきことを明確にし、例えば、特許請求の範囲における「水と全く混和できないか又は制限的にしか混和できない溶剤」につき「四〜八個の炭素原子を有する比較的高級なアルコール、ハロゲン化芳香族化合物、ニトロ化芳香族化合物、芳香族エーテル並びに芳香族酸のエステルより成る群から選ばれた」等の限定を加えたであろう。ところが、原告にはこのような機会が与えられなかつた。
したがつて、原告に右機会を与えずになした審決は、特許法一五九条二項、五〇条に違反し、違法であるから取消されるべきである。
(三) 審決が特許法一五九条二項、五〇条に違反することについて詳論すれば、次のとおりである。
(1) 特許法五〇条(同法一五九条二項で準用する場合を含む。以下同じ。)の立法趣旨は、特許出願人に弁明の機会を与えないで出願を拒絶してしまうことは苛酷であり、また、審査官の判断にも常に過誤がないとはいい切れないこと等から、拒絶理由に対する特許出願人の意見を聞き、これを基に再考慮しようとするところにあり、付随的に、特許出願人に対し、明細書を補正する機会を与えることにある(特許法一七条の二第三号)。
(2) 右の立法趣旨に基づいて考えると、特許法二九条二項の拒絶理由は同条一項三号の拒絶理由は含まれないと解さなければならない。
特許法二九条一項三号により特許を受けることができない理由は、その発明が「(すでに頒布された)刊行物に記載されている」からである。「記載されている」とは、当業者が刊行物の記載を読むことによつて(特別の思考を必要とせずに)当然に理解できるということであり、「刊行物に記載」されているか否かは、記載の存否に関する問題である。したがつて、特許法五〇条による拒絶理由の通知をするにあたつて、審査官は、刊行物を特定し、その刊行物に記載がある旨を指摘することになる。これに対して、この拒絶理由の通知を受けた出願人がこの拒絶理由の当否を検討し又は争うとすれば、その検討又は争いの対象は、真実その刊行物に当該出願にかかる発明と同一のものが記載されているか否かの問題に限られる。すなわち、出願人は、記載の存否のみを考慮の対象とし、それ以外のことは考慮の対象外となる。
一方、特許法二九条二項において「容易に発明することができる」とされるか否かは、当業者を基準としたとき、刊行物に記載された技術から当該出願にかかる発明を容易に想到することができたかどうかの可能性に関する問題であり、ここでは、当該出願にかかる発明が刊行物に記載された技術とは異なることが前提となる。また、当該出願にかかる発明が容易に想到されうるものであるか否かを決するにあたつては、発明の目的、構成又は効果についての想到可能性があつたか否かが評価されることになるところ、刊行物に記載された技術から当該発明の目的、構成又は効果を想到しうるかどうかは判断に関する問題である。ところで、審査官は、この判断をするに際しては、「出願時の技術水準」に基づき、「技術常識」を利用すべきであるとするのが一般に承認されている手法であるとされており、したがつて、審査官から当該出願にかかる発明が刊行物の記載に基づいて容易に想到しうるものであるとの拒絶理由通知を受けた出願人がこれを争うとすれば、争う対象は、判断の基礎となつた「出願時の技術水準」であり、判断の資料として利用された「技術常識」である。すなわち、出願人が考慮の対象とするのは、(想到しうるという)判断の当否であるが、判断の当否を考慮するためには、判断の根拠となるべき「出願時の技術水準」又は「技術常識」が考慮の対象の中心に据えられることになる。
出願人は、拒絶理由通知を受けると、審査官に対して意見書を提出したり、または、明細書を補正する等の手段をもつて、自己の出願を拒絶査定から避けるための防衛的手段をとるが、右に述べたように、特許法二九条一項三号に該当することを根拠とした拒絶理由通知を受けた場合と同条二項に該当することを根拠とした拒絶理由通知を受けた場合とでは、出願を防衛するために考慮する対象が全く異なるから、拒絶理由の通知は出願人に防御の機会を保証したものであるとの特許法五〇条の立法趣旨よりみても、右各拒絶理由通知における拒絶理由は、互いに別個独立のものと考えるべきであり、特許法二九条二項に基づく拒絶理由通知をしたからといつて、その理由の中に同条一項三号に該当する旨が含まれることはありえない(いわば、大は小を兼ねるという関係にはない。)のである。
以上のとおりであるから、特許法二九条一項三号に基づいて出願を拒絶するとすれば、たとえ同条二項による拒絶理由がすでに通知されていたとしても、特にその旨を予め出願人に示さなければ違法である。
(3) しかも、本件については、被告の特許法二九条二項を理由とする拒絶理由中には、同条一項三号を理由とする拒絶理由の根拠となつている「キノリンが本願発明に含まれる」ことに想到することができない特段の事情があつた。
本願発明の特許出願に対してなされた拒絶理由通知は、昭和五〇年二月五日付けの通知書(甲第一〇号証)によるものが存在するのみであり、その拒絶理由通知書によれば、拒絶理由は次のとおりである。
「この出願の特許請求の範囲に記載された発明はその出願前国内において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する分野における通常の知識を有する者が、容易に発明することができたと認められるから、特許法二九条二項の規定により特許を受けることができない。
記
特公昭三八―一六〇四八号公報
(引用例一)
特公昭四八―四一〇七号公報
(引用例二)
特公昭四六―三五六三九号公報
(引用例三)
(本願発明は公知の染料に対し、公知の染料処理法を施し、その効果を確認したにすぎないものと認められる)」
右の拒絶理由において、刊行物に記載されているから「公知」であるとされているのは、
a 染料(本件訴訟における「顔料」と同じ。)
b 染料(同)処理法
の二つである。
そして、右aは、具体的にいえば、本願発明の構成要件のうち、その特定された顔料化合物が引用例一ないし引用例三のいずれかに記載されているという指摘であるから、引用例一ないし引用例三を調べれば、これが引用例一の例1ないし3にのみ記載されていることがわかる(引用例二及び引用例三には記載されていない。)。
また、右bは、具体的には、本願発明の構成要件のうち、処理溶剤として、「水と全く混和できないか又は制限的にしか混和できない」ものを使用して処理することは引用例一ないし引用例三に記載されているということを指摘しているものととれる。しかし、「水と全く混和できないか又は制限的にしか混和できない」溶剤という表現の記載は引用例一ないし引用例三のどれにも見当たらない。右各引用例に記載されているのは、個々具体的な処理溶剤名のみである。そして、三つの引用例のどれかに例示として記載されている個々具体的な処理溶剤のうちのどれが「水と全く混和できないか又は制限的にしか混和できない」溶剤に該当するのかということは全く示されていない。ところで、本願発明の明細書の「発明の詳細な説明」中には「水と全く混和できないか又は制限的にしか混和できない」溶剤の例示として、いくつかの処理溶剤が掲げられている(甲第二号証四頁七ないし一七行)。そのうち、クロルベンゾール及びニトロベンゾールが引用例二及び引用例三に、また、安息香酸アルキルエステルが引用例二にそれぞれ記載されている(引用例一には記載がない。)。したがつて、拒絶理由通知書が指摘する右bの「公知」の染料処理法は引用例二及び引用例三に記載されたこれらの溶剤を用いた処理方法であると判断するのが相当である。それ故、拒絶理由通知書が指摘する染料処理法を記載した刊行物は、引用例二及び引用例三であることになる。
右に述べたとおり、本件の拒絶理由通知において特許法二九条二項に該当する根拠として掲げられた三つの引用例のうち、引用例一はもつぱらa染料について、引用例二及び引用例三はもつぱらb染料処理法について、それぞれ記載されている刊行物である趣旨であると解せられ、それ以外の解釈は困難であるから、前記拒絶理由通知書に記載されている拒絶理由は次のように言い換えることができる。
「本願発明のうち、染料(顔料)は特公昭三八―一六〇四八号公報(引用例一)に記載されているから公知であり、処理方法は特公昭四八―四一〇七号公報(引用例二)及び特公昭四六―三五六三九号公報(引用例三)に記載されているから公知である。本願発明はこれら公知の染料(顔料)と公知の処理方法とを組み合わせたものであるが、この組み合わせは、当業者が容易に考えつくものである。」
ところで、審決において初めて触れられた「キノリンを処理剤として用いる場合」について考えると、次のとおりである。
ⅰ まず、本願発明の明細書中には記述が一切ない。本願発明の構成要件である「水と全く混和できないか又は制限的にしか混和できない溶剤」の例示は明細書の「発明の詳細な説明」の項に記載されている(甲第二号証四頁七ないし一七行)が、ここにはキノリンは掲げられていないし、また、キノリンを使用した実施態様もない。すなわち、キノリンを本願発明の溶剤として用いることは、もともと、原告(出願人)の意図した範囲内にはなかつたといえる。
ⅱ 他方、引用例一をみるに、本願発明と同じアゾ顔料化合物のほかにも多数のアゾ染料を包含する水不溶性アゾ染料の製法が記載されており(甲第三号証三、四頁の表に掲げられた1から36までの番号が付された化合物)、また、別途に、生成染料の後処理剤としてキノリンが羅列的なものの一つとして記載されているが(同二頁左欄一二ないし一五行)、キノリンの適用例は示されていない。のみならず、羅列的に記載されている後処理剤については、これらと水との混和性の関係について、全く顧慮されていない。
したがつて、本願発明の特許請求の範囲に特定された顔料化合物と処理溶剤としてのキノリンとの(及び一〇〇〜一五〇℃の処理温度との)「組み合わせ」は、本願発明の明細書にも、引用例一にも(そして、引用例二及び引用例三にも)、具体的に記載されていないものである。
以上のとおりであるから、前記のような拒絶理由通知を受けても、原告は、その理由中に、本願発明には特定された顔料化合物と処理溶剤としてのキノリンとの「組み合わせ」の可能性が含まれていることに想到することは到底不可能なことであつた。
(4) よつて、被告は、本願発明が特許法二九条一項三号に該当することを原告に通知せずに拒絶査定したものであり、審決は、その手続が同法一五九条二項、五〇条に違反する違法のものといわなければならない。
3 本願発明と引用例一との間の構成上の関係について
仮に、審決が特許法一五九条二項、五〇条に違反しないとしても、本願発明は、引用例一とは同一ではなく、同法二九条一項三号には該当しない。
(一) 本願発明の主要な構成要件は、
a 特定の構造式を有する一種のアゾ顔料(カップリングによつて生じた粗顔料)を
b 水と全く混和できないか又は制限的にしか混和できない溶剤中で
c 一〇〇〜一五〇℃の温度に加熱する
ことである。
一方、引用例一においては、右aを含めて多数の染料(顔料)が列挙されており、また、特定の顔料に関しない一般的な説明として、ピリジン、ジメチルホルムアミド、キノリン又はN―メチルアセトアミド中で高温で顔料(染料)を処理すること(甲第三号証二頁左欄一二ないし一五行)が記載されている。
右四つの溶剤については本願発明の明細書ではなんら言及されておらず、また、キノリンを除いては「水と全く混和できないか又は制限的にしか混和できない溶剤」ではない。事実、これらの溶剤を用いたのでは本願発明に特有の効果(顕著な隠蔽力)を奏しない。ただし、このうちキノリンは、形式的には右bの概念に包含されるが、やはり本願発明に特有の効果を達成することができない。
そこで、仮にキノリンが本願発明で特定した溶剤の概念に含まれるとして、本願発明と引用例一とを比較すると、本願発明は、
a 引用例一に記載されている多数の染料から特定の一種のみの染料を選び出すこと
b 水との混和性にすら着目せずに無秩序に列挙された溶剤から、水と制限的にしか混和しない溶剤を選び出すこと
c 高温という記載から一〇〇〜一五〇℃の温度を選び出すこと
d 一般的、説明的記載であるbcを特定の染料aにあてはめること
により構成されることになる。
すなわち、本願発明の構成(仮にキノリンをも含むとして)は、最も広い概念でとらえた引用例一記載の発明の構成に文言上包含される。
(二) しかし、引用例一において、「キノリン……を高温下で使用する」ことについての具体的記載は、本願発明の特定の染料(顔料)との関係では勿論、他の染料に関しても無い。逆に、本願発明との関係では、引用例一中には、水溶性溶剤中で処理する実施例のみが記載されている。
そして、発明の奏する効果についてみると、引用例一では染色力(着色力)の向上であり、一方、本願発明ではこれと対極にあたる隠蔽力(被覆力)の向上である。
してみると、本願発明は、仮にキノリンをもその定義に含むとしても、引用例一のいわゆる「選択発明」の関係にある。したがつて、本願発明の構成が広い概念でとらえられた引用例一の発明の構成に文言上含まれるとしても、これがために直ちに拒絶されるべきであるということにはならない。ましてや、キノリンは本願発明の効果を奏しないのであるから、引用例一におけるキノリンの記載を根拠に、両発明の構成が同一であるとして本願発明が拒絶されるべきであるとすることはできない。
第三 請求の原因に対する被告の認否及び主張
一 原告主張の請求の原因一ないし三の各事実は認める。
二 審決を取り消すべきものとする同四の主張は争う。原告主張の審決取消事由は、後記のとおり、いずれも理由がなく、審決には、これを取消すべき違法はない。
1 推考容易性に関する主張に対して
原告は、本願発明が特許法二九条二項に該当しないという主張の根拠を、本願発明は引用例一、引用例二及び引用例三とその目的と効果を全く異にしている点におき、これら引用例に記載された事実から当業者が容易に発明をなしうるものということができないと主張している。ということは、本願発明の構成は、引用例一、引用例二及び引用例三に記載されていることを原告自身認めているものと解せられるところ、本願発明の構成が引用例に記載されているならば、本願発明の目的と効果が顔料特性の向上という同一範疇のものである以上、本願発明は、特許法二九条二項に該当することは明らかである。
原告は、本願発明と各引用例とが目的と効果において相違するとして、引用例一、引用例二及び引用例三の顔料の後処理は「着色力」の向上であつて、本願発明におけるような「隠蔽力」の向上でないと主張している。しかし、本願発明の明細書には「隠蔽力」という文言について一言半句も記載されていない。記載されているのは「被覆」又は「被覆力」である。原告が、それを無理に「隠蔽力」に置き換えて主張するのは、「隠蔽力」という言葉が引用例に記載されていなくて、「被覆力」という言葉が引用例に明確に記載されているからであると推測する。本願発明の明細書の記載から忠実に、すなわち、無理に言葉の置き換えをせずに本願発明の目的と効果をみれば、それは「被覆力」の向上であることが分かる。引用例一、引用例二及び引用例三の処理の目的と効果が「被覆力」の向上であることは、明記又は示唆されている。すなわち、引用例二の三頁左欄一九、二〇行には、「上記のように処理した顔料は未処理のものに比して稍被覆力が大きい。」と明記されているほか、引用例一、引用例二及び引用例三に、引用例の後処理の目的と効果が「被覆力」の向上であることが示唆されている。その示唆されているという根拠は、引用例一、引用例二及び引用例三に「上がけ」という技術用語を用いて顔料特性を示していることである。「上がけ」という技術用語は、「色相を鮮明にして透シをよくしたり、また堅牢度を増すために一度染色したものをさらにほかの染料で染色すること」であると説明されており(乙第一号証)、顔料の塗布についても、一度塗布(下塗り)した上にさらに塗布することは常套手段であるので、「上がけ」の向上は、「被覆力」の向上である。
したがつて、発明の目的と効果において、本願発明と引用例一、引用例二及び引用例三と異なるという点はなくなり、本願発明の構成が右各引用例に記載されていることを勘案すると、本願発明は特許法二九条二項に該当すると審決で判断したのは正しい。
2 特許法一五九条二項、五〇条違反の主張に対して
(一) 本願発明の被処理物である顔料は単一化合物であるが、後処理剤は「水と全く混和できないか又は制限的にしか混和できない溶剤」と定義された複数の物質である。この複数の後処理剤の一つを選択して使用した場合でも発明が成立する。いわば、発明の束が特許請求されているのが本願である。このように発明の束について特許を請求している場合、拒絶理由としては、本願発明が特許法二九条二項に該当するとされる場合とともに同条一項三号に該当するとされる場合もありうるのである。
そして、審決においては、本願発明が特許法二九条二項と同条一項三号との双方に該当することを理由に特許することができないとしているものであり、本件の拒絶理由通知にも右双方に該当する旨が示されているから、原告の右主張は理由がない。
また、審査において引用例を示し進歩性がないとの拒絶理由により拒絶査定した特許出願の拒絶査定に対する審判において、原査定において示されたものと同一の引用例による公知事実と同一発明と認めるのが適当である場合にも、原査定における拒絶理由が引用例による公知事実を開示しているから、特許法二九条二項にいう査定の理由と異なる拒絶理由を発見した場合に当らないと解して、改めて拒絶理由を通知することはしないという取扱いをしている(乙第二号証参照)。
したがつて、仮に本件における拒絶理由通知に特許法二九条一項三号に該当する旨の記載がなく同条二項該当の旨の記載があるだけであつたとしても、本願のように発明の束について特許を請求している審判において、本願発明の束の一つが前記同一の引用例に示されている場合には、前記の審判の取扱いに則り、改めて本願発明が特許法二九条一項三号に該当するものであるという拒絶理由を通知しなくても、同法五〇条の違反とはならないのである。
(二) 原告は、本願発明について補正する機会が与えられなかつたが故に本願について特許法五〇条違反があると主張しているが、原告は、本願発明の明細書特に特許請求の範囲を補正する意思表示を審査・審判の段階で一度もしていない。特に、審判においては、明細書を補正する意思表示を審判請求の理由の中で示している場合、手続補正の制限があるので、その意思表示について検討し、補正後の発明が特許を受けるのに価すると判断されると、明細書を補正する機会を与えるための拒絶理由通知書を出し、補正させているのが審判の実務の実情であることからみて、明細書を補正する機会が与えられなかつたが故に特許法五〇条違反であるという原告の右主張は妥当でない。
3 本願発明が引用例一と同一でないとの主張に対して
前記のとおり、本願発明と引用例一とは、発明の構成が同一であり、原告が相違していると主張する発明の「目的と効果」も「被覆力」の向上である点で同一と判断されるので、本願発明が特許法二九条二項に該当するという審決の中であつても、同一のものは同一であると言及するのは、なんら差し支えないものである。
第四 証拠関係<省略>
理由
一原告主張の請求の原因一ないし三の各事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二そこで、審決取消事由の存否について検討する。
1 推考容易性の判断について
(一) 目的及び効果に関して
<証拠>によれば、引用例一には、「得られた染料は往々にして硬い粒子で、充分な染色力を得るためには後処理に付さねばならない。」との記載及び同引用例の各実施例の後処理した染料について「軟い粒子で且染色力のすぐれたピグメントが得られる」との趣旨の各記載があることが認められるところ、右各記載によれば、引用例一は、染料の硬い粒子にすることにより染色力を向上させるための後処理技術であるとみるのが相当である。
つぎに、<証拠>によれば、引用例二には、「本発明者は、高い油吸収を有しそれの捺染糊が極めて粘稠であるアゾ顔料の改善された流動性を有するものを、……次のようにして製造しうることを見出した。」との記載及び同引用例の各実施例により得られた後処理染料について未処理染料と比較して油吸収が低いとの趣旨の各記載があり、また、特許請求の範囲の記載としても「……改善された流動性を有するアゾ顔料の製法」とあることが認められるところ、右各記載によれば、引用例二は、染料の流動性を向上させるための後処理技術であると解される。もつとも、<証拠>によれば、引用例二には、その実施例中の処理顔料について、「上記のように処理した顔料は未処理のものに比して稍被覆力が大きい。」との記載もあることが認められるが、右記載に示された被覆力の向上は「稍」大きいという程度のものであり、同号証により認められる引用例二全体の記載に照らせば、それが引用例二の目的とする技術であるとはみられないから、右記載は引用例二の目的とする技術についての前記認定を左右するものではない。
さらに、<証拠>によれば、引用例三には、「本発明による染料を用いて特別純粋な、且つ堅牢な染色が得られる。」という記載があることが認められ、右記載によれば、引用例三は、染料の染色力を向上させるための後処理技術であるとみることができる。
一方、<証拠>によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の欄には、「該顔料で染色された材料は未処理の顔料に比して著しく改善された被覆力及び高い耐光性を示す。」との記載、「最適な被覆力を達成するために」と記載並びに「かくして焼付けラッカーにおいて高い被覆力、良好な流れ特性及び高い光沢を有する橙色の粉末が得られた。」との記載があることが認められるところ、右各記載によれば、本願発明は、顔料の被覆力を向上させることを主な目的とする後処理技術であるとみなければならない。
以上によれば、引用例一及び引用例三は染色力の向上を、引用例二は流動性の向上をそれぞれ目的とするものであつて、被覆力の向上を目的とする本願発明とは、その目的ないしは効果を異にするものといわなければならない。
なお、被告は、引用例一、引用例二及び引用例三に「上がけ」という技術用語が用いられているとして、右各引用例が被覆力の向上を目的とするものである旨主張するが、<証拠>によれば、引用例一及び引用例二にみられる「上がけ」という用語は、上がけ堅牢度ないしは耐上がけ性の意味で用いているものと認められ、被覆力の向上とは無関係であることが明らかであり、また、<証拠>によれば、引用例三には「上がけ」という用語は用いられていないことが明らかであるから、被告の右主張は採用できない。
(二) 構成に関して
前記当事者間に争いのない本願発明の要旨と<証拠>とを対比すると、引用例一には、本願発明の顔料と同一の顔料が開示されているが、後処理剤としては、ピリジン、ジメチルホルムアミド、キノリン又はN―メチルアセトアミドが列挙されているにすぎず、水との混和性を考慮した「水と全く混和できないか又は制限的にしか混和できない溶剤」を選択して使用するという本願発明の後処理剤を特定する技術思想は開示されていないことが認められ、また、<証拠>とを対比すれば、引用例二及び引用例三には、本願発明で使用する後処理剤についての開示はあるが、右各引用例に記載された顔料は本願発明の顔料とはその構造を異にするものであることが認められる。
(三) そして、<証拠>によれば、概念上は同じアゾ顔料であつても、その化学構造が異なるものは、本願発明の処理剤に含まれるものと同一の処理剤で処理しても必ずしも同様の被覆効果を奏するものではないことが認められ、このことと<証拠>をあわせ考えれば、顔料における被覆力、着色力、流動性等の特性は、顔料成分の結晶構造やその粒子の大きさ等種々の要素によつて消長し、アゾ顔料中の特定の化学構造を有するものを特定の後処理剤で処理した場合に一定の特性が改善されたとしても、それは、他の化学構造を有する顔料の別の特性を改善しうるものであるかどうかは、容易に予測できないものであると認められるのが相当である。
そうすると、前記のとおり、各引用例と本願発明とがその目的ないし効果と構成とを異にしている以上、本願発明が右各引用例から容易に発明できるものとすることはできない。
2 特許法一五九条二項、五〇条違反について
(一) 被告は、本件の拒絶理由通知書には特許法二九条一項三号に該当する点も示されていた旨主張するので、まず、この点について考察する。
<証拠>によれば、右拒絶理由通知書には引用例一ないし引用例三という複数の引用例をかかげ、「本願発明は公知の染料に対し公知の染料処理を施し、その効果を確認したにすぎないものと認められる。」と指摘していることが認められるところ、これと、引用例一ないし引用例三が前記1の(一)及び(二)認定のとおりの内容であることをあわせ考えれば、右拒絶理由通知書は、引用例一には本願発明の顔料は開示されているが、同引用例には本願発明の後処理剤の開示はないとの判断の下に、この引用例一に、後処理剤についての開示がある引用例二及び引用例三の技術を適用することにより本願発明が容易に発明できたとするものであるとみざるをえず、したがつて、被告の右主張は失当である。
(二) 右のとおり、本件の拒絶理由通知書には特許法二九条一項三号の拒絶理由は示されていなかつたものであるが、被告は、引用例一に本願発明と同一の発明が記載されているとし、原査定にあたつて、引用例一を示しそれから容易に発明することができたとする拒絶理由通知書がなされていれば、審決において同条一項三号により拒絶する場合でも、同法一五九条二項にいう査定と異なる拒絶理由を発見した場合にはあたらず、改めて拒絶理由通知をしなくても同法五〇条違反とはならない旨主張するので、この点について考える。
引用例を示し、特許出願にかかる発明が右引用例記載の発明と同一であるとする拒絶理由通知がなされる場合においても、右引用例に特許出願にかかる発明がその明細書の特許請求の範囲記載の文言そのままに記載されていることは少ないから、出願人が右拒絶理由の当否を検討するには、多くの場合、出願時の技術水準や技術常識に基づき引用例に右出願発明と同一の技術思想が実質的に記載されているかどうかの判断が必要である。一方、同じ引用例から容易に発明できたとする拒絶理由通知がなされる場合には出願人としては出願時の技術水準や技術常識に基づき引用例に現実に記載されている事項から出願発明が容易に発明できたかどうかの判断が必要であることはいうまでもない。そうすると、拒絶理由通知として引用例をあげて特許法二九条二項に該当する旨が示されていれば、通常は、改めて同条一項三号該当の旨の拒絶理由通知をしても、出願人から実質的に新たな意見が提出される等の対応を期待することはできないから、このような場合に改めて同号による拒絶理由の通知を要しないとする被告引用の<証拠>の取扱いは首肯しうるところである。
しかしながら、特許法二九条二項の拒絶理由通知がなされた場合においても、出願人が、右拒絶理由において、そこにあげられた引用例に同項該当の根拠となる発明とみられるばかりでなく出願発明と同一ともみられうる発明も記載されている旨の示唆があると理解することのできない特段の事情があるときは、前記のような取扱いは許されないものといわなければならない。けだし、このようなときには、出願人に同条一項三号該当の拒絶理由を通知すれば、これに対する意見書の提出あるいは明細書の補正等適切な対応を期待することができるからである。
本件においては、前記1の(二)認定のとおり、引用例一には後処理剤としてキノリンが例示されており、キノリンが「水と全く混和できないか又は制限的にしか混和できない」性質をたまたま有することは明らかであつても、右認定のとおり、引用例一には、本願発明の右記載のような性質で限定される後処理剤を選択して使用するという技術思想はなんら開示されておらず、キノリンは引用例一中に右技術思想とは無関係に後処理剤の一つとして列挙されているにすぎないこと及び本件における拒絶理由通知が、前記2の(一)認定のとおり引用例一ないし引用例三という複数の引用例をあげこれらから容易に発明できたとするものであることを考慮すると、出願人が、本件の前記拒絶理由通知書の記載から、引用例一に本願発明と同一発明が記載されているという拒絶理由が存在することに想到することは、ほとんど不可能とみるのが相当である。そうであれば、この拒絶理由に対応した意見書の提出あるいは明細書の補正の機会を出願人に与えるため、改めて右拒絶理由を通知しなければならず、右拒絶理由を通知しないでなされた審決は、本願発明が引用例一に記載された発明と同一であることを理由とする部分につき、特許法一五九条二項、五〇条の規定に違反するものとせざるをえない。
3 したがつて、審決は、特許法二九条二項該当を理由とする部分については判断を誤り、同条一項三号を理由とする部分については同法五〇条の規定する手続に違反したものであり、これらが審決の結論に影響を及ぼすべきものであることは明らかであるから、違法としてこれを取消すべきものである。
三よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(瀧川叡一 楠賢二 牧野利秋)